平成24年度 SSP講演会(3)

第5回講演 「南極のオーロラ観測に必要なもの」

金沢大学大学院 工学部人間・機械工学研究科 講師 香川 博之 先生

 南極に行くために大学を決める人がいるだろか。香川先生は、2008年から2010年にかけて、南極越冬隊の一員としてオーロラの研究をされた。その目的実現までの精力的な活動と、南極での過酷な体験と、オーロラの美しいお話をうかがった。

 「南極に行こう!」と決められた理由は、大自然へのあこがれと、映画「南極物語」を見たことであった。では、「どうやって」と考え、尋ね、調べ、毎年のように1名南極に行っている大学が見つかり、その大学を受験する決意を固められた。

 目的達成には、「熱い思いと運が必要」と先生は仰る。

 入学すると、南極行きに選出されるのは別学科からであると分かり、手を尽くすが在学中は涙をのむ。その後も、いろいろと南極調査隊にチャレンジするが……。と、忘れた頃にチャンスに恵まれ、念願かなっての当選となった。

 第50次越冬隊として、28人が南極に向かった。気象・動物・雪氷・宙空・地質などの研究者が、ロープの結び方から、散髪の仕方まで、「勉強と訓練」の日々を過ごした。日本から空路でパースへ、ヘリコプターで船へと移動し、昭和基地へと到着した。

 南極大陸は1961年の南極条約により領土権が凍結され、軍事利用も禁止され、南極地域観測統合本部が中心となって協力して研究が行われている。また、環境保護活動も進められている。

 オングル島にある昭和基地では、いろいろな設備が完備され快適であった。エネルギー源では、意外にも太陽光発電の効果が大きかった。ただし、夏場に限ってのことであるが。食べ物では、野菜が不足しないように蛍光灯のもとレタスの栽培を行った。水は雪を溶かしてつくられた。屋外では「かたば風」と呼ばれる強風が斜面を吹き下ろし、ブリザードで100m先の雪上車が見えなくなったこともあった。基地の周囲には、ウェッデルアザラシ、オオトウゾクカモメ、アデリーペンギン、コウテイペンギンなどの動物が見られ、自然を楽しむゆとりの心を持つことができた。太陽が地平線を平行に動く「白夜」だけでなく、昼間もうっすら赤焼ける「極夜」も体験できた。


「暗闇で、オーロラは静かに光っていた」

 緑・赤・ピンクの色のバリエーションとカーテン状・放射状・針状など様々な形のオーロラが、壮大に天空に広がり、降り注ぐ様子が紹介された。

 太陽の大気層であるコロナでは、高温のため原子がイオンと電子に分離して、プラズマとなって存在する。イオンや電子は高速で飛びまわり、重力を逃れて太陽風となり星間にも飛散する。地球の周囲は地磁気による磁気圏があり、通常、太陽風から守られている。しかし、太陽が活発に輝いてフレアを生じると太陽風は強まり、地球ではオーロラが発生する。イオンと電子が磁気圏の隙間であるオーロラ帯に入り込み、大気の中間圏で酸素や窒素の分子に衝突して発光したのがオーロラである。が、その詳細は、まだ不明である。以前は、熱圏ではプラズマ状態、中間圏では流体力学で別々に解析されていたが、最近ではそれらを統合的に解析する方法が確立されてきた。

 最後に、やはり南極地域は寒い、「寒すぎて風邪のウイルスもいない」ほど。凍傷・日焼け・雪眼で大変な調査旅行であったと語る先生は、また行きたいと仰っているかのように、にこやかであった。

 

生徒の感想から
  • 南極に行くための香川先生の逞しく粘り強い行動に引き込まれた。
  • 想像以上の過酷な環境と、オーロラの包むような美しさに驚嘆した。
  • 困難を一つ一つ工夫しては克服する研究者の姿と、その過程を楽しんでおられるような先生の話しぶりに、科学することの素晴らしさを実感することができた。
  • 自分も夢を叶えようと決意した。

などの、香川先生の情熱が伝わった感想が数多く寄せられた。

 


 

 

 

 

 

 

第6回講演 「建築の魅力」

関西大学環境都市工学部建築学科 准教授 桝井 健 先生

 講師は、本校出身の桝井 健准教授。まず、自己紹介を兼ねて、自分が建築の道に進もうと思った動機をお話しいただいた。

 建築を実現するためには、「用」「強」「美」の3つの要件がうまく調和する必要がある。「用」とは建築計画、つまり使い勝手のいい部屋の配置を考えなければならない。「強」とは何があっても立っていなければならない、特に日本は地震大国で、例え地震が起こっても、壊れないようにしなければならない。「美」とは街の中に立つので、景観を考えなければならない。大仏殿の横にスカイツリーを立てても全く美しくない。しかし、これらは相反する。「強」を求める余り、教室などの真ん中に柱が何本も立っていたのでは、黒板が見えないし、使い勝手が悪い。この3要件を兼ね備えたものを作り出さなければならない。悪い答えはたくさんあるが、いい答えは見つかるが、それが本当にいい答えかはなかなかわからない。これらを追求するために、建築は建築計画、建築構造、建築意匠と分かれて研究されている。

 次に自らの専門分野である、建物の免震・制震技術について講義を受けた。京都大学で助手をしているときに、阪神大震災を目の当たりにし、未だに自分が研究している建築物が人の命を守るのではなく、奪っていることに大きな悲しみをもち、自分の使命を改めて強く感じたと話されていた。

 耐震・制震・免震構造について、実際の建物を例に挙げて説明いただいた。その後、100Kgにもおよぶ実験装置を持ち込んでいただき振動実験を見学した。生徒も助手として参加し、建物はそれぞれ固有の周波数の振動に弱いことを体験し、まず強度を増すために、筋交い(ブレース)を設置し、耐震化を図り再び実験した。しかし、周波数の短い波には勝てず、壊れてしまう。次にダンパーを設置して制震化を図り実験したがやはり壊れる。最後に土台を外し、その下に円柱を2つ配置しその上に模型を設置した。すると全く模型が全く揺れず、感嘆の声が上がった。

 母校の後輩に自分の持っている知識をできるだけ多く伝えたいという情熱にあふれた講義で、生徒も一生懸命聞いていた。

 

生徒の感想から

 特に、東北大震災を知っている生徒たちにとって、耐震・制震・免震の実験はとても強く印象に残っているようで、自分も建築の道に進み、地震に強い建築物を作りたいと感想を書いている生徒もいた。