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遠い分だけあったかい 十津川の旅

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自然の贈り物「秘境の旅」

玉置神社
玉置山 十津川村を代表する[信仰の山」
 頂上から海を臨むことができる玉置山。この山には神社や社務所など歴史的にも文化的にも重要なところがいっぱいです。

《玉置神社の位置》
 十津川村の東南にあり、大字玉置川領、標高1,076mの名山、これが玉置山です。
 この山は昔から聖地とされ、、さまざまな歴史があり動植物も豊富に生息しています。
 玉置山の頂上近くにある玉置神社は、静かで荘厳な空気がただよう神社です。

玉置神社 玉置神社は、玉置山の標高1,000m付近にあり、昔から歴史的にも重要な神社でした。もともと寺もあったようですが、これも廃仏毀釈で壊されて今はありません。
 熊野三山の奥宮としても有名で、紀元前374年、第10代崇神天皇によって創建され、平成15年には御鎮座[おんちんざ]2050年祭を迎えた風格と格式を有する神社です。御祭神[ごさいしん]は宇宙からの大きなエネルギーとパワーで初めて大地を誕生させた神で、日本書紀の最初に記されている「国常立尊[くにとこたちのみこと]」です。
 主に崇められているのは、国常立尊・伊弊諾尊[いざなぎのみこと]・伊弊冊尊[いざなみのみこと]・天照大神[あまてらすおおみかみ]・神日本磐余彦尊[かむやまといわれひこのみこと]です。

《玉置神社の由来》
 玉置神社は元々、神武天皇の東征のとき、熊野あたりから上陸して北上するとき、現在の玉置山で兵を休め、”十種の神宝[とぐさのかんだから]”のうちの「玉」をここにおさめて(玉を置いて)大和の国の礎にしようとしたところから始まると言われます。玉置山、玉置神社の名の由来はここにあります。
 神社は総けやき材で作られていて、社務所・台所は、重要文化財になっています。
 ふすま絵は、杉の一枚戸で狩野派の華麗な絵が描かれています。


社務所(旧高牟婁院)
 高牟婁院は昔は玉置山にあった寺の1つで、明治初期の廃仏棄釈によって神社の一部となった、珍しい経緯をもっています。書院造で文化元年(1804年)に建てられました。
 社務所の台所は、1978年(昭和53年)に県指定の文化財になり、1988年(昭和63年)には国が指定する有形文化財になりました。
社務所


ふすま絵(杉の1枚戸)
 これは高牟婁院の中の襖絵で、狩野派の橘安春の作で朝鮮通信使の絵もあります。
大変貴重な文化財ですが、社務所の人にお願いすれば見せていただけます。以前は司馬遼太郎さんや河島英吾さんも見て、その素晴らしさに感動しています。
襖絵襖絵


神代杉[じんだいすぎ]
  これは玉置神社のシンボルでもある神代杉[じんだいすぎ]です。樹齢3000年と言われ、高さ28m、幹の回りが8.3mあります。玉置山には他にも大きな杉が生息しており、玉置山に信仰が集まったのもこのような森があるからではないかと思います。
 神代杉および杉の巨樹群は、県の天然記念物に指定されています。
神代杉杉の巨樹群


梵鐘[ぼんしょう]
梵鐘
 この梵鐘は、玉置神社でみつかった、十津川では珍しいお寺の鐘です。


 そして、英語の話せる神主さんもいるので、インターナショナルな神社です。
神主さん